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UPC中央部とEP異議申立、UP申請状況
UP/UPCの運用開始から1年半が経過し、UPCによる有効性と侵害の評価も一般に好意的に受け止められている印象があり、また、有効性と侵害の審理を同時に扱うことにより、仮差止手続は2週から3ヶ月、本案訴訟も12ヶ月で判決がでつつあるなど、効率的で迅速な審理が実現しつつあります。以下はUPCでの取消訴訟について興味深い判決を示します。
EPO異議申立とUPC中央部の取消訴訟
米国A社のEPに対し、欧州B社は2023年6月28日にEPOで異議申立を行い、翌日2023年6月29日にUPC中央部パリで無効訴訟を起こした。
米国A社は、欧州統一特許裁判所(UPC)における無効訴訟を、EPO異議申立の結果が出るまで停止することを求めた。「EPOによる迅速な決定が期待できる場合、裁判所はEPOでの異議申立手続の対象でもある特許に関する手続を停止することができる。」(UPCA33条10、RoP規則295条a)を根拠に主張した。
しかし、UPCパリ中央部裁判所、そして、UPC控訴裁判所(CoA)は当該特許に関する無効化訴訟の停止要請を却下した。
EPOがA社による異議申立手続の早期化の要請を認めたという事実だけでは、UPCでの取消訴訟を停止するには不十分とし、また、UPCにおける最終口頭審理が妥当な期間内に実施されることを確保することの重要性を強調した。
UPCが迅速な審理を重視した運用方針であることを顕著に示す事案である。
UPC地方部の侵害訴訟と、被告子会社のUPC中央部の取消訴訟
米国C社の侵害訴訟がUPCミュンヘン地方部で係属し、特許無効の反訴もなされている途中に、被告D社は、そのイタリア子会社E社によりUPC中央部パリに自発的に取消訴訟を提起した。
米国C社はこの取消訴訟はD社とその子会社E社という「同一の当事者」により、同一の特許への「2つの攻撃」をするものであり、却下されるべきとした。
しかし、UPCパリ中央部は、本件は一体不可分な同一の当事者に当たらず、またUPC地方部はUPC規定に定める「停止」や「中央部への移管」等の裁量権を有するとした。
従って、中央部への取消訴訟の審理は維持され、地方部での侵害訴訟と並行して審理が係属されることとなった。
子会社を同一の当事者でないとし、別の取消訴訟を提起できるとした判決である。
UPC中央部の裁判官
このようなUPC裁判の各地裁判所での判決の傾向を統計的に議論するには、いまだ多い判決の数を要するが、裁判官の合議体は、多様な国籍で構成され、まさにUPCが目指す欧州の法的判断の調和・ハーモナイゼーションを目指すものとなっている。
The central division judges for each division are: 中央部裁判官
Paris
Ms Florence Butin (FRフランス)
Mr Paolo Catallozzi (ITイタリア)
Mr Maximilian Haedicke (DEドイツ)
Mr François Thomas (FRフランス)
Ms Tatyana Zhilova (BGブルガリア)
Munich
Ms Mélanie Bessaud (FRフランス)
Mr András Kupecz (NLオランダ)
Ms Ulrike Voß (DEドイツ)
Milan
Mr Andrea Postiglione (ITイタリア)
Ms Anna-Lena Klein (DEドイツ)
Ms Marije Knijff (NLオランダ)
UPCでは代理人の業務もまた国際化している。UPCの事案では、多国籍の臨時チームが手続きを行うために結成され、機動力のある組織が求められる。
各国で国内訴訟の裁判官との経験を活かせる弁護士を常に味方につけつつ、対話型の弁論に精通している特許弁理士と協力することが望ましい。
UP:欧州で多い申請、日本は慎重
UP申請は増加傾向にあり、EPO発表 によると、UP申請は欧州地域から62.9%, 米国から15.3%, 日本・韓国・中国を足して13.5% (2024年12月)。
地域別 UP申請 [2024.12]
さらに、各国UP申請割合を比較するために、UP申請件数の特許付与件数に対する割合を試算すると、欧州地域は22%と積極的にUPを申請しており、他の4極はそれよりは低いことが浮かび上がる。ただ、米国・中国・韓国は11-12%台であるのに対して、いまだ日本は5%であった。まだ他国に比して、UP申請に慎重な日本の様子がみられるが、今後の動向に注目したい。
単一特許UP申請割合 [2024.8]
欧州で中小企業(SME)によるEP出願は全出願人の23%であるところ、UP申請においては32.2%と大きな割合を占めることにも注目できる。一つの権利でUP加盟国すべてを権利化し、価値を大きくできることが、スタートアップの使命とマッチするためと考えられる。
以上